屏風浦エリアで美容室を経営する『TRIPLE-ef』代表・中島翔さん。

京急線、屏風浦駅。このまちで、地元密着型の美容室を経営し、地域交流を先導する人がいます。「屏風浦のまちづくりのフロントマン」。まちづくりに関わる誰もがそう呼ぶ、まちの中心人物。『株式会社TRIPLE-ef』の経営者でもある中島翔さんに、自身のまちづくりへの思いと屏風浦での取り組みについて伺いました。

女性が働き続けられる仕組みづくりで、地域に根ざした美容室に。

――中島さんは、ご実家が屏風浦で床屋を営まれていたそうですね。

私の実家は大正時代から続く床屋さんで、家業柄、地域の人との関係性は濃かったと思います。私自身も、子どもの頃は近所の人たちの家で過ごすことが多く、地域の大人たちに見守られて育ちました。

――幼少時代から過ごした屏風浦には、どのような魅力を感じていらっしゃいますか?

屏風浦のいいところは、人と人との距離感です。日ごろから干渉し合うわけではないけれど、お互いを思い、困った時は助け合うような関係性が残っている。顔見知り同士道端で集まって、『調子どう?』なんて井戸端会議が始まる。昔ながらのそんな関係性が、形を変えて現代も続いているような気がしますね。

――中島さんは現在、屏風浦エリアで美容室『TRIPLE-ef』を経営されています。経営者としてはどのような地域との関わり方を目指していらっしゃいますか?

女性が生涯働き続けられる職場環境づくりから、地域に根差した美容室の経営、ひいては地域経済への還元につなげていきたいと考えています。

――詳しく教えてください。

美容室の経営を始めて、経営者という立場になったことで、美容師という職業と地域との関係性作りがいかに重要かを実感しました。というのも、美容師は土地に密着し、人にお客様がつく職業である性質上、『その場所で働き続ける』ということがとても重要です。

――たしかに、サービスを受ける側から見ても「自分と相性の良い美容師」は代わりがききにくい存在ですよね。

ところが、今の業界では、美容師が働き続けることへの理想と、現実の職場環境に大きなギャップがあります。とくに女性美容師は、出産や子育てでライフステージが変わると、現場から離れざるを得ないのが現実です。私が経営する美容室でも、以前はママになったスタッフが、子どもを迎えにいくために周囲に謝りながら早退している姿がありました。それを見たときに、『働いて経済を回し、次の世代を育てるというのは地域にとって素晴らしいことのはずなのに、どうして謝らなくてはいけないんだろう』と感じたんです。

――仕事と育児を両立する女性たちにとって、育児参加するために仕事を減らすうしろめたさはどんな職種でも共通していますよね。『TRIPLE-ef』では、どのように解決されたのですか?

スタッフが自分の希望やライフステージに合わせて働き方を店舗を選べるよう、店舗によって働き方を変えました。具体的には、3つの店舗で異なるコンセプト、「family」「friends」「freedom」を提唱し、ママになったスタッフが子育てしやすい職場環境を整えた店舗や、副業を持ってもらい、美容師に縛られない働き方を推奨する店舗など、個人が望む働き方を叶えられるようにしたんです。

3つの店舗のコンセプト、「family」「friends」「freedom」は、『TRIPLE-ef』の語源の3つのFに関連づけたのだそう。

――子育てが始まっても自分のペースで働ければ、無理にキャリアを手放さず、長く「まちの美容師さん」として活躍できますね!

「屛風浦駅前に地域交流拠点を」住民によるまちづくりの場を発足。

――中島さんは、屏風浦駅前の空き地の活用法を話し合う、「屛風浦駅前の“ソト”を空想するカイギ(以下、屛風浦カイギ)」の発足人と伺っています。どのような経緯でコミュニティが誕生したのでしょうか?

経営者として、働き方や地域の課題を解決する経済循環を伴う地域活動について実践している方が集まる場に顔を出すうちに、いろいろな縁がつながり、自治体を経由して、『京急屏風浦駅前の活用法を考えてみないか?』と声がかかったんです。こうしたコミュニティには何度も参加してきたので、自分の仲間の中から楽しんで参加してくれそうな人たちに声をかけたのがはじまりでした。

――メンバーについて教えてください。

地元の事業主やコミュニティの代表、神奈川大学建築家の教授とゼミ生、子育て中のママなど、多彩なメンバーが集まっています。昨年秋に会議を発足した際は4〜5人のメンバーでしたが、回を追うごとにメンバーが知り合いを連れてくるなどして、どんどん増えていきましたね。現在は30人程度のメンバーが参加しています。

屏風浦カイギの活動では、地元の子どもたちとともにタイニーハウスをペイントしました。

――現在、「屛風浦駅前の“ソト”を空想するカイギ」ではどのような活動を行なっているのでしょうか?

駅前の遊休地を地域の人の交流拠点化するために、定期的に集まってアイデアを出し合っています。直近では、駅前に設置したトレーラーハウス、タイニーハウスのオープンに際し、地元の子ども達を呼んでペイント会を行いました。

リーダーではなく、サポーター。アイデアを受け入れ、「やれる状況」を整える。

――他のコミュニティと比べて、「屛風浦駅前の“ソト”を空想するカイギ」にはどんな特色がありますか?

これは『いい意味で』、なのですが、僕らのコミュニティには明確な目的や目標がないんです。向かうべきゴールや、『こうしなくてはいけない』という正解がないんです。だからなのか、みんなが余白を楽しんだり、ものごとを柔軟に捉えられる。思いもよらないアイデアも否定されることがなく、発言しやすい空気ができているんです。そういう意味では、互いの距離感を大事にする屏風浦の地域性が強く現れていると思います。

「屛風浦駅前の“ソト”を空想するカイギ」では、多様なスキルや専門性を持つメンバーが集まっています。

――中島さんはコミュニティのフロントマンとして、どのような立ち位置でメンバーを見ているのでしょうか。

自分がコミュニティを発足したという立場だからこそ、できるだけ声が大きくならないように意識しています。リーダー化して誰かが言ったことを正したり、コントロールするのではなく、それぞれの意見を尊重して、『それいいね』と応援できるサポーターでありたいと思っています。

――メンバー全員が主張を持っていると、ユニークな発想がどんどん出てくる反面、実行面での調整が難しくなりそうです。

そうですね。屏風浦カイギのメンバーは立場や年齢での上下がなく、それぞれが自主性を持って発言できるのが強みです。一方で、発言したことを、いざ実行しようとすると、現実的な制約を目の当たりにして『やらない理由』が現れる。放っておくと、そのまま『やらない理由』にのみこまれてしまうんです。

――想像できます。そんなときは“サポーター”としてどのようにサポートするのですか?

いろいろな可能性を提示して、『やらない理由』を『やれる状況』に変えていくんですよ。前に出たアイデアをひっぱってきて、ここで使えそうだよねと言ったり、できそうな人を探してきたり、協力者を募ったり。意見を取りまとめるのではなく、みんなの希望を拾って、つなげる。という意識を大切にしています。

まちづくりは、他者との融合。楽しみながら、相手を理解する場を作りたい。

みんなでペイントした駅前のタイニーハウスは、今後地域の交流拠点として活用されます。

――中島さんは、今の屏風浦をどのように捉えていますか?

僕自身の環境の変化に伴って、屏風浦への見方も大きく変わったと思います。以前は、古くからあるコミュニティと新しいコミュニティの関係性に悩んだり、どうやったら入っていけるのか?というところに頭を使っていました。でも今は、お互いを尊重し重なり合う部分を探していくようになりましたね。

――『重なり合う部分を探していく』とは、どういうことでしょうか?

これは、屏風浦カイギに参加した影響もあるのですが、どちらかがどちらかに合わせたり、そうしたくない人たちと無理に意見を擦り合わせるのではなく、ちょっとしたきっかけを通じて交流したり、賛同できる部分を応援しあえる関係性の方が楽なんです。お互いの境界線が溶けて、ほんの一部混じり合う。あらゆる関係性において、そんな心地いい融合を目指していますね。

――まちづくりでは、昔からいる人たちの意見と、新しい住民との意見が相反したり、若い方の意見がハレーションになることが往々にしてあります。屏風浦カイギのコミュニティのように、お互いを尊重できる「いい融合」はどのように生まれるのでしょうか。

はじめから融合を目的とするよりも、慌てず楽しみながら相手を知る方法を模索していくことが大切だと思います。たとえば、イベントやちょっとした集まりを開いて交流して楽しみながら話し合いを重ねること。屏風浦カイギで駅前に設置したタイニーハウスは、そんな交流を実現するまちの『融合地点』になるんじゃないでしょうか。ここだけの話ですが、すでに、タイニーハウスにDJを呼び、地元のじいちゃんたちと昭和歌謡を聴く飲み会を企画しているところなんですよね(笑)

――中島さんが目指す理想の屏風浦とは、どんなまちですか?

まち全員が顔見知りで、気軽に挨拶し合える関係をゆるやかに拡げていきたいですね。タイニーハウスは、新しい時代の井戸端会議の現場になっていくんじゃないでしょうか。

中島さんのキーワードは、「たのしむ」こと。まちづくりにおいても、経営においても、正解を求めず、相手を理解し、たのしみながら探っていくことで、これまでにない仕組みやアイデアを生み出し、屏風浦にあたらしいフュージョンをもたらしてくれそうです。