「子どもたちに、お客様体験を届けたい」。そんな思いを乗せ、埼玉県熊谷市を中心に各地を巡回するキッチンカーがあります。
「移動式子ども食堂 あい♡だいな〜」は、「NPO法人あいだ」が運営する、日本初のキッチンカーで移動する子ども食堂。2022年には横浜市金沢区で開催した実証実験が「神奈川県ベスト育児制度賞」を受賞。2023年には平和島駅前でも実証実験を開催するなど、京急沿線とも縁の深い取り組みです。
今回は、「あい♡だいな〜」の生みの親であり、「NPO法人あいだ」の副代表を務める奥野さんに、移動式子ども食堂の仕組みや、取り組みを始めた背景について伺いました。
困りごとの声、待つのではなく拾い上げる支援を。
「今の仕組みでは、支援が届かない人を切り捨てることになる」。奥野さんが移動式子ども食堂をはじめたのは、こんな思いがきっかけだったのだそう。
「もっと多くの人に支援を届けたい。そのためには、困っている人の声が届くのを待っているのではなく、こちらから声を拾い上げに行く必要があったんです。物理的にそれを実現できるのが、キッチンカーを使った移動式の子ども食堂でした」
こうして始まった、日本で初めての「移動式子ども食堂 あい♡だいな〜」は、奥野さんの狙い通り、待っているだけでは聞こえることがなかった多くの声を拾い上げました。
「たとえば、子連れで食事に来たシングルマザーの方がこの先の子育てにかかるお金について悩んでいたとしたら、金融の専門家をつないであげる。ただ食事を提供しておしまいではなく、食事の提供を通して利用者がほんとうに求めていることをキャッチし、正しい知識を得られたり専門家とつながったりすることが叶う場にしたいんです。貧困に網をかけるとは、そういうことだと私は思います」
子どもたちに“お客様体験”を。分業だからできること。
奥野さんにはもうひとつ、この取り組みを始めるにあたって、かなえたい思いがありました。それは、子どもたちに“お客様体験”を提供すること。
「昔は貧困というと、『ご飯を食べられず、教育を受けられない』ことを意味していました。でも今の貧困は違います。100円均一などの店舗でだれでも安くモノが手に入り、だれもが義務教育を受けられる。貧困は今、『モノがないこと』から『機会がないこと』に変わってきているんです。では、機会を与えられずに育った子どもたちはどうなるでしょう?触れてきた体験が少ないと、職業の選択肢を持てないまま大人になり、貧困を繰り返します。だから、私たちの子ども食堂は、ただ食事を出すのではなく、プロが作ったおいしい料理ときちんとしたサービスを子どもたちに提供する機会にしたい。そういう思いを持っていました」
その思いを実現するため、奥野さんが考えたのが、移動式子ども食堂の分業化。「あい♡だいな〜」の運営を行うNPOと、キッチンカーで食事を提供する料理のプロ、各地で旗振り役を行う地域の協力者を切り分けることにしたのです。
「家では食べられないメニューを食べて、外食というサービスを体験してもらう。その経験には食事以上の意味があります。だから、料理のことは提携する飲食店にまかせる。そしてそのぶん私たち運営側は、地域の利用者としっかり向き合い、課題をキャッチすることに集中すればいいんです」
「助ける人」を増やす仕組みで、貧困をなくしたい。
運営、料理、現地の旗振り役の3者が分業するこのシステムには、「フランチャイズ化」による事業拡大のメリットも期待できると、奥野さんは話します。
「子ども食堂は、ひとつの団体や個人が運営も営業も同時に担うケースが多く、善意の持ち出しになりがちです。でもそれでは、徐々に持続する体力が奪われていくのが現実。この仕組みでは、多くの人を助けられないと私は思っているんです。私たちは、貧困を解決するために『困る人が増えるより早く、助ける人を増やしたい』という信念を掲げて運営しています。移動式子ども食堂の仕組みに多くの人が乗って、多くの場所で展開されればその思いはかなえられる。キッチンカーをやってくれる人も、きちんとお金を稼げる仕組みになっているので、むりなく助ける人が増やせるということなんです」
「困る人が増えるより速く、助ける人を増やしたい」。あいだの信念は、キッチンカーの運営方法にも表れている。
「妊婦や高校生以下の子どもは食事代が無料。高校生以上は、1食分につき通常の販売価格を支払ってもらい、そのお金が運用費になります。この方法なら、『今日助けられた人が明日助ける側に回る』ということが自然にできる。誰もが助ける側に回れるので、困っている人よりも多く助ける人を生み出せるんです」
安心できる社会のために、「会えない人」をつくらない。
奥野さんがこうした仕組みづくりから取り組む背景には、NPO法人の副代表とは異なる、“もうひとつの仕事”での経験があります。
「私の本業は臨床心理士で、普段は精神科でカウンセリングを行ったり、市役所で地域の方の子育ての悩みを聞いたりしています。こうした関わりの中で感じるのは、これからの貧困で起きるのは、『人に会えなくなること』ではないかということ。実際に私の患者さんのなかには、病気で働くことができず、社会と断絶された状況にある人が何人もいる。彼らはいまだに、コロナ禍の世界に取り残されているんですよ」
「人に会わなければ助けを求められないけれど、人に会うにはお金がかかる」。貧困に晒される人々の前には、そんな問題が立ちはだかっていると、奥野さんは指摘します。
「貧困は、子どもたちから体験の機会を奪い、もっと進めば人に会う機会を奪います。『お金がなくて人に会えないから、助けを求められない』という課題は切実で、命にも関わるもの。いまもあちこちに隠れているこういった人々の声を拾い上げるには、その場しのぎの善意ではなく、社会全体を動かす装置(仕組み)が必要なんです」
移動式子ども食堂は、奥野さんが出した答えのひとつでした。
「子どもが『生まれてきてよかった』と言える社会にするには、大人が『産んでよかった』と思えること。さらにその前の段階で『安心して生きられる』ことが大前提です。そんな社会をつくるための大きな装置を動かさなくてはいけない。それが私たちNPOの使命だと思っています」
人々のつながり、自然発生させるきっかけになりたい。
奥野さんが目指すのは、「装置の自走」。その実現は、地元神奈川から始まっています。
「2023年、神奈川県大田区の平和島駅前で行った実証実験では、利用者の方の多くが事後のアンケートで『自分も地域活動に参加したい』と回答していたんです。子ども食堂をきっかけにして、私たちが理想とする『今日助けられた人が明日助ける側に回る』という循環が自然発生している。そのことがわかり、嬉しかったですね」
「コミュニティとは本来、地域の人々同士で結びつくもの」。奥野さんは続けます。
「私たちがいなくても、地域の人同士でつながりが持てるのであればそれが一番いい。今以上にそのきっかけを作れるよう、旗振り役となる地域の方には、『あい♡だいな〜』の認知向上を頑張っていただきたいですね」
奥野さんは最後に、NPOの名前の由来について話してくれました。
「『あいだ』という名称は、『こころは人と人とのあいだにあるから』を意味しているんです。貧困も愛も、人と人の間に生まれるもの。だからこそ、人と人のあいだに心をおいて、つながりや絆をつくり、貧困をなくしていきたいですね」
「移動式子ども食堂 あい♡だいな〜」はいま、奥野さんの思いを乗せて、全国に広がりつつあります。