白い壁の前で片手に植物を持って立っている道道の福原由香里氏
道道代表・福原由香里さん

大田区沿岸部エリア、京急平和島駅からバスで昭和島へ。さらに京浜大橋を渡ると、沿岸部に並んだ巨大な工場が出迎える京浜島。その一角にある、外から見たらなんの変哲もないごく普通の工場で、花と廃材を使った華やかなアートを生み出す人々がいます。

今回は、「花と笑いとサプライズ」をコンセプトに掲げ、アート活動で平和島エリアを盛り上げる、株式会社道道・代表の福原由香里さんに会いに京浜島のアトリエへ。道道誕生の経緯や、京浜島への思い、平和島での活動についてお話を伺いました。

「手作りのモノを生み出し、お客様の笑顔が見たい」。ホテルマンからフラワーアーティストへの転身

夕暮れ時の工場
道道のアトリエが入っている廃工場。一見普通の工場のように見えて、さりげなく『dodo』のネオンサインが……。

ショッキングピンクのモンスターや天井から下がったミラーボール、組み立て途中の椅子、
エナジードリンクの空き瓶で作ったオブジェ。アート作品の写真をコラージュしたガラスの壁の向こうは小さな冷蔵室になっており、目にも鮮やかなペイントと生花が並んでいる……。ここは、大田区京浜島の空き工場の中に設けられた道道のアトリエ。

コンクリートの建物の中に設置された木や葉っぱのアート作品
アトリエ内部は溶接や塗装もできる広い作り。

「自由に見ていってくださいね!」。気さくに取材陣を出迎えてくれたのは、ピンク色のショートカットと明るい笑顔が印象的な女性。工場の借主であり、道道の代表である福原さんです。

アーティストのアトリエに置かれたピンク色のモンスターのオブジェ
不思議なオブジェで埋め尽くされているアトリエ内部。この日はアトリエを貸しているという他のアーティストの作品も並んでいました。

もともとは、ホテルマンだったという福原さんが、フラワーアーティストとしてこの場所にたどり着き、平和島を中心にアートを発信している背景には、どんなストーリーがあるのでしょうか?私たちはアトリエ2階の事務所に場所を変え、福原さんの物語を伺いました。

テーブルに乗った藁の宝船の奥に、女性が座っている様子
アトリエ2階の事務所で取材を受けてくださった福原さん。

福原さん「自分のアイデアでお客様にサプライズを提供できるホテルの仕事は大好きでした。でも、大きなホテルでスタッフの人数も多かったため、接客サービスの統一化が始まってからは、スタッフ個人の意思で自由なおもてなしをすることが難しくなってしまったんです」

そんな時に興味を持ったのが、結婚式の装花の仕事です。

福原さん「ホテルで結婚式を挙げたお客様の話を聞いているうちに、相手が求めるものを先読みしてサービスで届ける接客業も素敵だけれど、リクエストをモノという形で届けることで笑顔をもらえる仕事っていいなって思うようになったんです」

思い立ったら一直線の福原さん。バイトを掛け持ちしながらフラワー教室に通い、その後、業界大手の花店に入社しました。

憧れの花業界に飛び込んだものの、入社後に待っていたのは厳しい下積み生活。そんな時代を乗り越えられたのは、持ち前の精神力と同志の存在があったからだと振り返ります。

大きな扉の前にツナギを着て立つ福原さんと西尾さん。
ともに『dodo』をスタートさせた西尾さん(右)。2人の共通点である武道から会社名をつけました。

福原さん「ともに道道を立ち上げた西尾とは、同じお店の同期として知り合いました。私は剣道、西尾は弓道を長く続けていたので、忍耐と根性、体力には自信があるところなど、通じる部分が多かったんです。1日に何人も辞めていくような環境の中でも、私たち2人は『特別気合いの入った新人』と思われていたと思います(笑)」

2人は良きライバルとして切磋琢磨し、一人前のフラワーアーティストに成長しました。

福原さん「その後、それぞれのタイミングで修行先を卒業し、一時はバラバラの道を歩んだものの、2020年、西尾と一緒に事業にチャレンジすることに。道道の前身であるdodotokyoを経て、2022年、株式会社道道として再スタートをきりました。ちなみに、道道という名前は、2人をつなぐ武道から取っているんですよ」

大田区臨海部、“ゴミ処理の島”でアップサイクルアートを生み出す理由

福原さんが道道のスタートに京浜島を選んだのは、現在のアトリエとの出会いがきっかけだったといいます。

廃材が置かれたアトリエに立つ道道の4人。
現在4名のメンバーで活動している道道。

福原さん「当時、空間アートの仕事をメインに活動していたため、溶接や塗装ができる作品作りの拠点を探していたんです。そんなときに京浜島で産業廃棄物処理工場を営む知人から紹介されたのが、現在のアトリエでした。広いし、大きな音も出せるし、環境としては申し分ないけれど、当時駆け出しだった自分たちには贅沢すぎる場所でした」

そんな福原さんの背中を推したのが、隣の建物で産業廃棄物処理事業を営むこの工場のオーナーの言葉だったそう。

福原さん「彼女が、『この島はモノの最終地点。私たちがゴミ処理をしている隣で、dodoが植物という生き物を扱いながらモノを生み出してくれるなら、京浜島の誇りに思うし応援したい』と言ってくれたことで、ここ京浜島で地に足をつけて頑張りたい!という決意ができたんです」

大量にまとめられた紙管。

京浜島は、大田区臨海部の5つのエリアの中でも、産業廃棄物や一般廃棄物の処理場が多い島として知られています。道道のアトリエに向かうバス通りの工場にも、空き缶を潰したブロックの山や、ゴミを処理する重機の姿が見え、ゴミの種類のぶんだけ、処分する工場が存在することがわかります。

花と廃材を使ったアート作品。
アップサイクルした廃材は、さまざまな作品に生まれ変わります。

福原さん「もともと花や植物と異素材(時には廃材や端材)を掛け合わせた作品作りが得意な私たちにとって、モノの最終地点を見届ける人々と共存しながら制作することにこそ、大きな意義がありました」

福原さんが道道の活動拠点に京浜島を選んだのには、廃材の宝庫である意外にももうひとつ大きな理由がありました。

福原さん「京浜島を有する大田区臨海部エリアには、日本一の花の卸売市場、東京都中央卸売市場 大田市場花き部があります。一般の方にはあまり知られていませんが、実は大田市場は世界でもまれに見る花の種類とクオリティを誇る花市場。花の都と呼ばれるフランスの花業界の巨匠でさえも、大田市場に訪れた際は、その規模と豪華さに大興奮したくらいなんです」

福原さんはそんな大田市場の魅力を、消費者に発信していきたいと強く感じているのだそう。

福原さん「私たちが大田市場の花を、かっこいい空間でかっこよく見せることで、もっと多くの人に『こんな面白い花があるんだ!』『こんな花が集まる場所があるんだ!』ってことを知ってもらいたいと思っているんです」

花とアートで平和島に彩りを。「地域のコミュニケーションを生みたい」

カラフルな花が植えられた木製のプランター
プランターのデザインは、平和島のボートレース場から着想を得たそう。

福原さんは現在、京急電鉄と地域住民による大田区臨海部のまちづくりプロジェクトに、京浜島で活動する地域事業者・アーティストとして参画しています。その活動のひとつが、2024年4月に京急平和島駅前地域交流拠点のクロージングイベントで行われた作品展示です。

福原さん「今回の企画の出発点は『平和島駅前に彩りが少ない』という地域の方の声でした。そこで、京急電鉄と道道が連携し、街に彩りを与える手段のひとつとして、大田市場の花や京浜島の廃材を使ったアートを提案させていただいたんです」

展示した作品は、地域住民が共同で花を育てることができる移動式の花壇「道庭ガーデン」と「モニュメントアレンジ平和島号」の2点。

花と廃材を気球の形にしたアート作品。
気球をモチーフにした『モニュメントアレンジ平和島号』。

福原さん「『道庭ガーデン』は平和島のシンボルでもあるボートレースの波とボートをイメージしたプランターがポイントです。『モニュメントアレンジ平和島号』は、廃材と造花を使った気球型のアート作品。平和島から飛び立った花いっぱいの気球が、花の種をまきながら全国の空を旅するというコンセプトで制作しました。土台部分は京浜島で手に入れた廃材をアップサイクルし、まるで宝船のようなゴージャスな雰囲気に仕上げています。ただかっこいいだけじゃなく、その場所にちなんだモチーフや材料を使うことで、見る人のコミュニケーションが生まれる作品にしたいと考えました」

展示期間中は、駅前を行き交う人がお花の成長に関わったり、モニュメントを眺めて会話を弾ませる姿がみられ、福原さんたちの想像以上に大きな反響があったといいます。

福原さん「とくに、『道庭ガーデン』は地域の人たちが自らまちの景観づくりに参加できるフォーマットとして、より大きな展開が見えてきましたね。平和島駅前で継続的にガーデンを設置することで、お花を通してまちの人たちのコミュニケーションを盛り上げたいというお話も出ているんです。ほかにも、京浜島の一角で新しい『道庭ガーデン』が始まっているんですよ」

平和島の魅力を国内外に伝え、大田区臨海部のイメージを変える

この秋、3周年を迎えるという道道。福原さんは今後の道道について、ワクワクするような構想を持っています。

福原さん「私の夢は、大田区臨海部全体にガーデンを広げること。平和島は羽田空港が近いので、海外からのお客様が空からやってきたときに、お花が咲き乱れた島で出迎えたいんです!」

さらに福原さんは、現在具体的に準備している大田区平和島での活動についても教えてくれました。

プランターに土を入れる子どもたちを数人の大人が手伝う様子。
『道庭ガーデン』として設置した花は地域の子どもたちとともに植えました。

福原さん「実は、2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会に向けて、京急電鉄や企業と連携したインバウンドの施策を計画しているんです。まだ詳しくはお話できないのですが、お花を絡めたおもてなしや、海外の方にアートを体験してもらうツアーを構想しているところです。羽田空港を通して、世界中から花業界の人が来日する一大イベントですから、地域のみなさんと連携して、大田区の魅力を存分にアピールしたいですね」

今回、京急平和島駅のイベントに参加したことは、これまで接点のなかった平和島の人々とつながり、平和島の魅力を知る貴重な機会になったと、福原さんは振り返ります。

福原さん「大田区臨海部は工業地帯でなにもないという人もいるけれど、羽田空港が近かったり、大田市場や大きな公園、サイクリングロードもあります。知られていないということは、これから大きなチャンスがあるということ。花とアートでこれまでの平和島のイメージををひっくり返し、道道らしく地域を盛り上げていきたいです」

花とアートで人々に笑いとサプライズを提供したいと語る福原さん。今後、道道と平和島がどのように融合し、大田区臨海部にどのよような変化が起きるのかが楽しみです。